尊氏一時上洛後、九州へ撤退

箱根・竹之下の合戦で
新田義貞に勝利後、
足利尊氏は京都へ。
後醍醐天皇は
一時京都から逃走する。
しかし、
北畠顕家が奥州から進軍。
尊氏を京都から追い払い、
尊氏は九州へと撤退する

「室町政争戦乱史」目次
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尊氏上洛

  • 建武二年(1335)、
    足利尊氏は
    箱根・竹之下の戦いで
    新田義貞に勝利
  • 義貞は三河を経て、
    京都に撤退する。
    尊氏は追撃
  • 畿内周辺で
    建武政権への叛乱が
    相次ぐ
    (讃岐国の細川定禅など)
  • 建武三年(1336)一月、
    尊氏は入京。
  • 後醍醐天皇は
    比叡山に逃亡する
  • 一方、
    後醍醐天皇方の
    北畠顕家が奥州から
    畿内に迫っていた

顕家上洛、尊氏京都から撤退

  • 中先代の乱後、
    北畠顕家は
    鎌倉の足利側攻撃をうかがうが、
    斯波家長に阻まれ、
    進出できなかった
  • 建武三年(1336)一月、
    顕家は尊氏入京直後の
    京に迫る
  • 顕家、粟田口の合戦で勝利
  • 尊氏は京都から撤退
  • 後醍醐天皇は再び京都に戻る
  • 京都を去った尊氏は
    丹波、播磨で転戦するが、
    敗北。
    兵庫から海路、
    九州へと逃れる

参考文献