弘安徳政、霜月騒動

弘安七年(1284)、
執権北条時宗が死去。
安達泰盛が、
「弘安徳政」
と呼ばれる政策を行なう。
しかし反発は大きく、
弘安八年(1285)十一月、
内管領平頼綱が
安達泰盛を滅亡させる

北条時宗の死

  • 弘安七年(1284)四月
    執権北条時宗が死去
  • 同弘安七年(1284)七月、
    息子の貞時が執権に就任する

弘安徳政

  • 安達泰盛が政治を主導。
    数々の幕政改革を行なう
  • 最も問題となったのが、
    名主式安堵令である
  • これは、
    文永・弘安の役で戦った
    全ての武士
    (御家人でないもの含む)
    に対して所領を与える
    (回復させる)ものだった
  • しかし、
    これらの改革は、
    旧来の御家人からの
    反発も強かった

霜月騒動

  • 弘安八年(1285)
    十一月十七日、
    安達泰盛は北条貞時の館に
    向かうところだった
  • そこで、兵を率いた
    内管領(得宗家執事)
    平頼綱が、泰盛を襲撃
  • その後、鎌倉各地で
    戦闘が繰り広げられるが…
  • 最終的に
    泰盛は一族もろとも
    滅ぼされてしまう
  • 安達一族以外でも、
    泰盛に連なる幕閣が
    のきなみ失脚する、
    大規模政変となる
  • この後、幕政は
    平頼綱が主導することとなるが…

補足

  • この事件の解釈は、
    研究者の間でも分かれる。
    単なる幕府の勢力争いなのか、
    弘安徳政をめぐる、
    ある種の階級間の闘争なのか-
  • 安達泰盛は
    「徒然草」にも
    馬乗りの名手として
    登場している
  • 竹崎季長の
    陳情相手となり、
    季長に恩賞を与えたのも泰盛
  • 泰盛と言えば柳葉敏郎
    (NHKドラマ「北条時宗」)

参考書籍

  • 「図説 鎌倉幕府」
     戎光祥出版
     田中大喜 = 編
     www.ebisukosyo.co.jp/item/594/
  • 「鎌倉将軍・執権・連署列伝」
     吉川弘文館
     森幸夫 = 該当部分の著
     www.yoshikawa-k.co.jp/book/b209211.html
  • 「日本の歴史 六
     京・鎌倉 ふたつの王権」
     本郷恵子
     弘安徳政と霜月騒動について
     研究者内でも
     割れている見解について
     平易に解説してある
  • 「日本の歴史10
     蒙古襲来と徳政令」
     講談社
     筧雅博
     bookclub.kodansha.co.jp/title?code=1000023527
  • 「敗者の日本史7
     鎌倉幕府滅亡と
     北条氏一族」
     秋山哲雄
     吉川弘文館