参与会議

参与会議

  • 文久三年(1863)八月十八日、
    「八月十八日の政変」
    により、尊攘派が京都から
    一掃される
  • 公武合体派の雄藩大名が
    相次いで入京
  • 徳川慶喜、
    松平慶永、
    山内容堂、
    伊達宗城、
    松平容保が
    参与に任命され、
    参与会議が発足
  • 翌文久四年(1864)一月十五日、
    将軍・徳川家茂が再上洛。
  • 朝廷から
    「国防を充実させよ」
    との勅諭を受け取り、
    五月には海路で江戸へ帰る

横浜鎖港問題

  • 文久三年(1863)八月十八日の
    政変後、孝明天皇の攘夷の意をくみ、
    幕府は「横浜港閉鎖」を検討
  • 慶喜も横浜港の閉鎖を主張。
    久光らを
    「天下の大愚物」「大奸物」
    とののしる
  • 参与会議は横浜鎖港問題で紛糾し、
    三月、慶喜が参与を辞任
  • すぐに参与会議は解体してしまう

補足

  • 「武家の朝政参予」
    は(近世では)前例のないことだった

参考書籍