将軍家茂上洛/浪士組結成

将軍家茂上洛

  • 文久三年(1863)二月
    将軍・徳川家茂が
    上洛に向け出発
  • 島津久光・大原重徳の
    勅旨にしたがったもの
  • 将軍の上洛は
    三代将軍家光以来

新選組結成

  • 将軍上洛を前に、
    京都では尊王攘夷派の動きが活発に
  • 尊攘派浪士が京都東等持院の
    足利三代の木像を盗み、
    首を賀茂河原にさらす事件が発生
  • 幕府は庄内浪士清河八郎に
    浪士組を組織させる
  • 清河は浪士組を
    尊攘派の集団にしようとするが…
  • 近藤勇、芹沢鴨らが脱退。
    芹沢・近藤らの組織は
    「壬生浪士組」となり、
    京都守護職配下に
  • その後清河は四月、
    幕府の佐々木只三郎に討たれる

補足

  • 将軍家茂は三月四日、
    京に入り、二条城を宿舎とする
  • 朝廷は家茂に攘夷期日の返答を迫り、
    文久三年五月十日との
    返答を得る

参考書籍