ペリー出航後の対応/プチャーチン来航

ペリー出航後の対応/徳川家慶死去

  • ペリー来航後、
    幕府老中阿部正弘は、
    徳川斉昭を幕政参与に
  • また、阿部は
    アメリカからの国書を
    諸大名に提示。
    今後の対応について
    諮問する
  • 開国は16藩、
    開戦攘夷は8藩、
    非戦の開国拒絶は26藩であった
  • また、幕府は江戸湯島に
    大砲の鋳造所を開設
  • 江川英龍に、
    江戸湾台場の建設を命じる
  • 十二代将軍、徳川家慶が死去
  • 十三代将軍に徳川家定
    (家慶の息子)が就任

プチャーチン来航

  • 嘉永六年七月十八日、
    ロシア帝国海軍提督・
    プチャーチンが長崎に来航。
    ペリー同様、日本に開国を迫る
  • 幕府は国書を受理
  • その後、
    プチャーチンは十二月に再来航する
  • 応対役は、
    大目付格の筒井政憲
    勘定奉行の川路聖謨
  • 川路・プチャーチン間の
    領土交渉が行われた
  • 嘉永七年(1854)一月、
    ロシア艦隊は長崎から出向

補足

  • プチャーチンが
    去った頃、
    ロシアはクリミア戦争に参戦。
    プチャーチンは
    英仏艦隊との遭遇を避けた

参考書籍

  • 「図解 幕末史
     増補改訂版」
    水野大樹
    www.standards.co.jp/book/9784866362137-2
  • 「日本の近代1
     開国・維新」
    松本健一 = 著
    中央公論新社
  • (番外)
    「風雲児たち
     幕末編」
    みなもと太郎
    リイド社