ペリー来航

ペリー来航

  • 嘉永六年(1853)六月三日、
    浦賀沖にペリーらの四隻の軍艦が来航
  • ペリーは
    アメリカ合衆国東インド艦隊司令長官
  • 旗艦は「サスケハナ」
  • アメリカ合衆国大統領
    フィルモアの国書を持っていた

日米会談へ

  • 江戸幕府老中は
    阿部正弘(備後福山藩主)
  • 来航当初、
    日本側の直接の応対者は
    中島三郎助、
    堀達之助
    (浦賀奉行は戸田氏栄)
  • その後、
    香山栄左衛門が
    「奉行」として交渉を担当した
  • 幕府はペリーに
    長崎への回航を要請する

ペリー上陸

  • 結局、幕府はペリーの上陸を許可
  • 六月九日、
    ペリー、久里浜に上陸
  • ペリーは大統領親書を渡し、
    日本側はペリーに受領書を渡す
  • ペリーは
    翌年の再来日を告げる
  • その後、ペリーは江戸湾を測量
  • 六月十二日、ペリー出航

  • サスケハナは2450トン。
    日本の千石船が
    約100トンであったから、
    桁違いの大きさであった