応仁の乱(御霊合戦、応仁の乱勃発)

上洛した畠山義就の扱いを巡り、
文正二年(1467)正月、
細川勝元派(政長を支援)と
山名宗全派(義就を支援)の
対立が深刻化。
上御霊社に着陣した
政長を義就が攻撃し、
合戦となる

「室町政争戦乱史」目次
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義就上洛以降

  • 文正元年(1466)年末、
    畠山義就が上洛を果たす
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  • 文正二年=応仁元年
    (1467)正月、
    細川勝元派(政長を支援)と
    山名宗全派(義就を支援)が
    政長と義就の扱いを巡り対立。
    将軍義政に双方が訴える
  • 正月、将軍義政が
    政長の屋敷を
    訪問する予定だったが、
    中止
  • 加えて、
    政長は管領を罷免されてしまう
  • そして、
    「政長は屋敷を義就に明け渡せ」
    との命令も

上御霊社の合戦

  • 文正二年
    (1467)正月十八日未明、
    畠山政長は上京の
    上御霊社に着陣
  • 同日夕刻、
    義就が政長を攻撃
    合戦が開始される
  • 翌日の未明、
    義就側が圧勝
  • 政長が所属する
    細川勝元グループは
    義政に制止され、
    政長に加勢できなかった
  • 政長は御霊社に放火し、
    摂津方面に逃走した

場所

補足

  • 後土御門天皇、
    後花園上皇は
    御所から避難した
  • この開戦に至る経緯は
    どれを読んでも
    本当によく分からない

参考書籍