牧氏の変

元久二年(1205)閏七月、
北条時政と牧の方は、
平賀朝雅を将軍に擁立しようとする。
しかし、北条義時・政子が
これを阻止。
時政と牧の方は伊豆に追放され、
平賀朝雅は殺害される

平賀朝雅将軍擁立計画

  • 元久二年(1205)六月、
    北条時政・牧の方・平賀朝雅らは
    畠山重忠を滅亡させる
  • しかし、時政らの
    強引な手法に反発もあった
  • 閏七月、
    北条時政と牧の方は、
    源実朝を廃し、
    平賀朝雅を
    将軍に立てようとする

北条時政追放

  • しかし、
    北条義時はこれを察知し
    姉の北条政子と協力
  • 義時・政子は実朝を
    自邸で保護する
  • 時政と牧の方は
    伊豆国北条に追放されてしまった
  • 一方、平賀朝雅は、
    閏七月二十六日に
    京で殺害される

その後

  • その後、
    時政は伊豆で余生を送り、
    建保三年(1215)正月に
    死去した
  • 牧の方は時政とともに
    伊豆に行ったが、
    その後京都で暮らしたとも
    伝えられる

参考書籍