九州永享の乱(大内持世豊後制圧)

大内持世と大内持盛の争いは
永享五年(1433)、
篠崎の合戦で
持世が勝利し、持盛を滅ぼす
さらに同永享五年、
持世は秋月城で
少弐満貞に勝利。
さらに、持世は
永享八年(1436)、
姫岳城の大友持直も倒し、
豊後制圧を成し遂げた

「室町政争戦乱史」目次
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大内持世vs.大内持盛

  • 永享三年(1431)、
    深江の合戦で大友持直に敗れ、
    大内盛見は戦死してしまった
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  • 大内持世と大内持盛の間で、
    家督争いが勃発
  • この争いは
    大内持世が勝利し、
    家督を継ぐ
  • しかし、持盛は
    大友・少弐と連合した

秋月城の戦い

  • 永享五年(1433)四月、
    豊前国篠崎で
    大内持世と大内持盛が合戦。
    持世が勝利
    持盛は敗死する
  • 永享五年(1433)八月、
    大内持世が少弐満貞の
    秋月城を攻め、勝利。
    少弐満貞は自害する
  • 少弐の残党は対馬に逃亡。
    その後、少弐残党は
    千葉・龍造寺と組み
    活動を続ける
  • 永享六年(1434)正月、
    少弐残党らと
    九州探題・渋川満直が
    肥前神崎で合戦。
    渋川満直は戦死
    (満直は幕府から
    九州に派遣されていた人)

姫岳城の戦い

  • 永享七年(1435)六月、
    大友持直は
    豊前国姫岳城に籠城
  • 大内持世が
    姫岳城を総攻撃するが
    持直が勝利
  • 永享八年(1436)六月、
    大内持世、大友持直の守る
    姫岳城を落城させ、
    豊後を制圧する

補足

場所

参考書籍