享徳の乱(古河・堀越公方と五十子陣形成まで)

享徳三年(1454)、
鎌倉公方・足利成氏
関東管領・上杉憲忠を謀殺。
これをきっかけに、
山内・扇谷の両上杉家と、
成氏らの間で
関東一円を舞台とする
全面戦争となる

「室町政争戦乱史」目次
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「室町関東政争戦乱史概略
(結城合戦まで)」
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上杉憲忠斬殺

  • 江の島合戦(1450年)の後も
    上杉家と鎌倉公方足利成氏の
    対立は解消されなかった
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  • 享徳元年(1452)、
    室町幕府の管領が、
    畠山持国から
    細川勝元に交代。
    持国が成氏に対して
    比較的融和的だった一方、
    後任の勝元は
    上杉家・関東管領を通じた
    関東支配を目論んでいた
  • 享徳三年(1454年)、
    鎌倉公方足利成氏が
    関東管領上杉憲忠を
    鎌倉西御門御所に呼び出し、斬殺
  • 翌享徳四年
    (1455)正月、
    成氏は長尾景仲ら討伐のため出陣。
    以後、成氏と上杉家の全面戦争

古河公方成立

  • 翌享徳四年
    (1455)正月、
    武蔵国分倍河原で両軍が激戦。
    扇谷上杉顕房が戦死するなど、
    成氏方が勝利
  • 長尾景仲は
    常陸国小栗城に逃れる
    (が、五月までには落城)
  • 同享徳四年(1455)三月、
    成氏は下総国古河に着陣。
    以後、古河を拠点として、
    古河公方」と呼ばれるように

五十子陣、堀越公方成立

  • 室町幕府足利義政は
    上杉家側を支援。
  • 同享徳四年(1455)六月、
    室町幕府は憲忠殺害後の
    山内上杉家の当主として、
    在京していた憲忠の弟・
    房顕を下向させる。
    また、諸国の守護に
    成氏討伐を命令
  • 同六月、
    室町幕府側は鎌倉を制圧
  • 一方、成氏側も、
    同享徳四年(1455)十二月に
    上杉方の武蔵国騎西城(現加須市)を
    落城させるなどし、
    東関東を制圧
  • 同じころ、
    太田道灌は江戸城を築城
  • 室町幕府将軍義政は
    兄で、天龍寺香厳院
    (きょうげんいん)
    に入っていた清久(せいきゅう)を
    還俗させる
    (これにより、
    足利政知」となる)。
    政知を
    「関東の主君」
    としようとするが…
  • しかし、政知は
    長禄二年(1458)に
    伊豆に入国したものの、
    関東に入れず、
    伊豆堀越(ほりごえ)に
    御所を構える(堀越公方)
  • 長禄二年(1458)頃、
    成氏方の有力将であった
    岩松持国が
    上杉方に寝返り
  • 長禄三年(1459)頃、
    上杉方の五十子(いかっこ)陣
    (埼玉県北東部、本庄市)
    が完成
  • 室町幕府から斯波義敏が
    関東出兵を命じられるが、
    義敏は長禄合戦の直前にあり、
    関東には行かなかった
    natsunishiki.com/20210404_1/
  • 文明三年(1471)、
    成氏側が箱根を超え、
    堀越公方を襲撃するが、敗北
  • これを機に上杉方が反攻。
    同年六月、
    長尾景信の攻撃で、
    成氏は一時、古河を撤退
  • が、翌文明四年には
    成氏が古河を奪回。
    戦いはまだまだ続く
    natsunishiki.com/20210323_1/

補足

  • 畠山持国は
    家督争いで隠居。
    この問題が畿内の
    応仁の乱へとつながる
    natsunishiki.com/hatakeyama_mochikuni/
  • 斯波義敏も家督争い。
    これが「長禄合戦」で、
    やはり応仁の乱へとつながる
    natsunishiki.com/bueisoudou
  • この時期の上杉家には
    有力な家が三系統ある。
    山内家・扇谷家・越後家。
    大雑把に通字でわけると
    山内家は「憲」。
    扇谷家は「定」「朝」。
    越後家は「房」「方」。
    しかし例外も多く、
    「房顕」は山内、
    「房定」は越後。
  • しかし、
    養子もあってややこしく、
    憲実は清方の実兄だが、
    憲実は越後家から
    山内家に入った
  • 岩松家については
    特に触れなかったが、
    江戸時代にも生き残り、
    めっちゃかわいい
    猫の絵がある
    (徳純のがいいな)
    www12.wind.ne.jp/tomohm/

場所

参考書籍