弘安の役

モンゴル軍再出撃

  • 弘安四年(1281)五月、
    モンゴル帝国の
    日本遠征軍第一陣(東路軍)が
    朝鮮半島合浦から出発
    (東路軍の主体は高麗)
  • 第二陣(江南軍)も
    寧波から出発後、
    壱岐で合流予定だった
    (江南軍の主体は南宋人と
    モンゴル人)

東路軍博多湾へ

  • 東路軍は
    五月二十一日、
    対馬に上陸
  • その後六月五日、
    東路軍は博多に接近する
  • しかし東路軍は
    石築地(元寇防塁)を見て
    上陸せず、志賀島に
    船をつけ、江南軍を待った
  • しかし江南軍の到着は遅れ、
    東路軍は海上生活に疲弊

日本側勝利

  • 七月初旬、東路軍は
    平戸島付近で江南軍と合流
  • 合流した元軍は
    鷹島に向かう
  • しかし、閏七月一日、
    暴風雨によって
    元軍の軍船は
    大被害を受ける
  • 元軍の主力は撤退
  • 残された元軍は
    日本側によって
    殺された