北畠顕家鎌倉制圧

延元二年(1337)八月、
後醍醐天皇の上洛命令を受け、
北畠顕家が奥州から上洛戦を開始。
延元二年(1337)十二月に
顕家は鎌倉を制圧し、
足利義詮は逃走する

「室町政争戦乱史」目次
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北畠顕家上洛戦開始

  • 延元元年(1336)一月に、
    尊氏を九州に追い出した後、
    北畠顕家は奥州に帰国し、
    霊山城を拠点としていた
  • その後、
    延元元年(1336)十二月、
    後醍醐天皇から顕家に
    再上洛命令が下る
  • しかし、
    北畠の周囲に敵は多く、
    苦戦
  • 延元二年(1337)八月、
    北畠顕家は
    ついに上洛戦を開始する

北畠顕家鎌倉制圧

  • 延元二年(1337)八月、
    顕家は小山朝氏の守る
    小山城を攻撃
  • 大苦戦の末、
    小山城を落城させ、
    顕家は鎌倉に迫る
  • 上野で新田義貞の子・
    義興が挙兵
  • 中先代の乱後
    逃亡していた北条時行も
    箱根で挙兵する
  • 延元二年(1337)十二月、
    顕家は鎌倉を制圧
  • 足利方の斯波家長は自刃
  • 足利義詮は三浦に逃走
  • 延元三年/暦応元年
    (1338)正月、
    顕家は鎌倉を出立。
    畿内を目指す

場所

参考文献