嘉元の乱

嘉元三年(1305)、
内管領・北条宗方が
幕府の実力者である
連署・北条時村を殺害。
得宗・北条貞時の命令とされたが、
宗方も殺害される

内管領・北条宗方、連署・北条時村を殺害

  • 嘉元三年(1305)、
    四月二十三日深夜、
    内管領・北条宗方が
    連署・北条時村を殺害
  • 時村は六十四歳。
    北条一門の重鎮・
    長老格であった
  • 当初、時村殺害事件は、
    得宗北条貞時の
    命令によるものとされた

北条宗方、殺害される

  • しかし、
    時村を暗殺したことに対する
    批判が高まる
  • まず、
    時村暗殺の実行犯十二人が
    処罰される
  • つづいて
    嘉元三年(1305)五月四日、
    北条宗方も殺害され、
    事件は幕を閉じる

背景

  • 実際に貞時から
    宗方への暗殺命令があったのかは
    不明
  • 得宗・北条貞時は、
    三十五歳。
    長老格の時村を
    疎ましく思っていた
    のかもしれない

その後

  • これ以降、貞時は
    政治にかかわるのを
    嫌がるようになり、
    長崎円喜が台頭する

参考書籍