承久の乱(後高倉院と後堀河天皇)

幕府軍京都進軍

  • 承久三年(1221)六月十五日、
    勢多・宇治での
    戦に勝利した
    鎌倉幕府軍は、
    京都へなだれ込む
  • 京都各所に火が放たれた
  • 上皇軍に加わった
    皇族・貴族・武士などの
    身柄が確保される

後高倉院

  • 後鳥羽上皇は
    治天から下ろされ、
    守貞親王(行助法親王)が
    治天となる
  • 守貞親王は
    高倉天皇の子で、
    後鳥羽上皇の兄
  • 安徳天皇とともに
    平氏の都落ちに加わっており、
    生還後しばらくして出家した
  • 守貞親王は天皇を経ないで
    治天となっており、
    後高倉院
    と呼ばれることに

後堀河天皇即位

  • 仲恭天皇に替わって
    後高倉院の皇子・
    茂仁(ゆたひと)親王が
    即位
  • 仲恭天皇は
    正式に即位の礼を
    行なっていなかったことから、
    「九条廃帝」
    とも呼ばれたが、
    明治になって
    「仲恭天皇」
    と諡が贈られた