承久の乱(濃尾の戦い)

濃尾の戦い

  • 後鳥羽上皇挙兵に対し、
    西上しての戦いを決めた
    鎌倉幕府
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  • まず北条泰時が
    わずかな手勢で東海道を
    西へ向かった
  • 続いて、幕府軍は
    東海道、東山道、北陸道の
    三方面に分かれて
    大軍を進軍させる
  • 最初の主戦場となったのは
    濃尾三川地域。
    ここで
    東海道軍と東山道軍が合流
  • 幕府軍が連勝し、
    上皇軍は敗走。

北陸の戦い

  • 北陸道でも、
    砺波山で
    幕府軍が上皇軍を破る
  • 幕府軍三軍が合流し、
    畿内へ進軍する

補足・余談

  • おおよそのところ、
    東海道軍は
    東名高速道路、
    東山道軍は
    中央自動車道、
    北陸道軍は
    北陸新幹線の
    ルートに相当する
    (ただし、
     起点はいずれも鎌倉)
    (北陸道軍は湖東ルート)
  • 濃尾の戦いでは、
    上皇軍の
    鏡久綱・山田重忠が奮戦
  • 濃尾の戦いで
    上皇軍に参加した人の中に、
    摂津渡辺党の翔(かける)
    という人がいた
    (渡辺氏は始祖で、
    金太郎の同僚の
    渡辺綱以来、
    諱が一文字の者が多い)
  • 「翔」という名前は今風だが、
    その歴史は古く、
    遣唐使として唐に渡った
    阿倍仲麻呂の部下に
    羽栗吉麻呂という人がいたのだが、
    その子供が
    「翼(つばさ)」と
    「翔(かける)」である

参考書籍