ペリー再来航/日米和親条約

ペリー再来航

  • 嘉永七年(1854)一月十六日、
    ペリー、江戸湾に再び来航
    (七隻)
  • 幕府は撤退を要請するが、
    ペリー聞き入れず
  • 横浜で幕府とペリーの
    交渉が開始
    (幕府側の全権は、
    林大学頭)

日米和親条約

  • 交渉の結果、
    三月三日、
    日米和親条約締結
  • 下田函館の開港
    下田にアメリカ合衆国
     総領事を置く
    片務的最恵国待遇
    (日本が他国と条約を
    締結した場合、
    アメリカにも同じ条件を与えること)
    ・薪水・食料の提供
    ・遭難者の救助
    を規定
  • 五月二十五日、
    日米和親条約の細則・
    「下田条約」
    も締結される

吉田松陰密航企図

  • 三月二十七日、
    長州藩士吉田松陰と
    金子重助がアメリカ艦隊に
    乗船し、アメリカに密航を企図
  • が、軋轢を避けたい
    ペリーによって送り返される
  • 松陰・金子は幕府に
    捕らえられた

補足

  • ペリーは那覇・浦賀などの
    開港を要請していた
  • 佐久間象山は
    「下田は江戸から離れており、
    かえって危険」
    という意見を、
    長岡藩主牧野忠雅に建白した

参考書籍

  • 「図解 幕末史
     増補改訂版」
    水野大樹
    www.standards.co.jp/book/9784866362137-2
  • 「日本の近代1
     開国・維新」
    松本健一 = 著
    中央公論新社
  • (番外)
    「風雲児たち
     幕末編」
    みなもと太郎
    リイド社