畠山国清の乱

関東執事畠山国清

  • 文和二年(1353)
    観応の擾乱に続き、
    武蔵野合戦にも勝利した
    足利尊氏
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  • 尊氏は鎌倉から京都へ帰る際、
    子息足利基氏の補佐役として
    畠山国清を関東執事に任命する

畠山国清畿内遠征軍撤退

  • 延文四年(1359)十二月、
    東国からの幕府軍が
    はるばる河内へ。
    指揮官は関東執事の
    畠山国清だった
  • しかし
    軍内の士気は低く、
    翌延文五年(1360)、
    東国に帰ってしまう

国清関東執事罷免

  • これに不満の
    畠山国清は、
    帰国した東国武士たちの
    処分を要求
  • 一方、武士たちは、
    足利基氏に国清の罷免を
    要求した
  • 基氏は国清を
    鎌倉府から罷免する

国清挙兵、鎮圧

  • これに怒った
    国清は弟・畠山義深とともに
    伊豆で籠城挙兵
  • 貞治元年(1362)、
    足利基氏方が
    畠山国清追討に出陣
  • 貞治元年(1362)九月、
    国清・義深は降伏する
  • 「太平記」によると、
    その後国清は
    時宗の僧の支援を受け、
    畿内方面へ逃亡したらしい
  • さらにその後、
    義深の子・畠山基国は
    幕府管領にまでのぼりつめた

場所

参考書籍