杜世忠来日/異国征伐計画/「蒙古襲来絵詞」

杜世忠来日

  • 文永十一年(1274)十月、
    日本はモンゴルの遠征
    「文永の役」に
    からくも勝利する
  • 文永十二年(1275)四月
    元使・杜世忠が
    長門国室津に到着
  • しかし、九月、
    杜世忠は鎌倉龍ノ口で
    首をはねられた

異国征伐計画

  • 建治二年三月ころ、
    幕府は高麗への攻撃を計画
  • その後も
    日本側による異国征伐は
    何度か持ち上がるが、
    いずれも頓挫した

元寇防塁

  • 文永十二年(1275)二月
    鎮西奉行少弐経資は、
    九州各国の守護に、
    「蒙古警固結番」を
    命じ、交代で軍役を課すことに
  • また、
    少弐経資は
    各地の地頭などに銘じて、
    博多湾沿岸に
    石築地を築造した

南宋滅亡

  • 1276年正月、
    元は南宋の首都臨安を制圧。
    南宋は滅亡する

竹崎季長と「蒙古襲来絵詞」

  • 竹崎季長は
    文永の役で戦闘に加わった
  • 季長は
    建治元年(1275)六月、
    恩賞要請のため、
    鎌倉へ
  • 十月、
    季長は幕府の実力者・
    安達泰盛に面会し、
    最終的に恩賞を勝ち取る
  • この様子について、
    二十年以上後に
    季長が描かせたのが、
    「蒙古襲来絵詞」
  • このとき、すでに
    安達泰盛は
    亡くなっていた

参考書籍