文永六年のモンゴル・高麗使節

対馬住人連行

  • 文永五年(1268)に、
    モンゴル・高麗からの
    使節・潘阜が
    日本に到着
  • この使節に
    幕府・朝廷は
    返事をしなかった
  • 報告を受けた
    クビライハンは
    再度使者を送る
  • 文永六年(1269)三月、
    潘阜らは対馬に
  • 対馬で国書は受理されず、
    モンゴル・高麗使節は
    島民二人・
    塔二郎と弥ニ郎を
    拉致して帰国する
  • 二人はフビライとも謁見する
  • モンゴルは
    二人を送還する
    使者を派遣

返書作成

  • 高麗はこれを送るために
    使者・金有成を派遣
  • 文永六年(1269)九月、
    使者が対馬に到着
  • 朝廷は返事を作成するが…
  • しかし
    幕府が反対し、
    返信せず
  • 金有成らは
    むなしく帰国する

補足・余談

  • 朝廷で返書を起草したのは
    菅原長成
  • 朝廷の返事は、
    親睦を拒むものだった

参考書籍