四国連合艦隊長州砲撃/第一次長州征伐

四国連合艦隊長州砲撃

  • 元治元年(1864)七月、
    長州藩、禁門の変で大敗
  • 同年八月五日、
    アメリカ・
    フランス・
    イギリス・
    オランダの四国連合艦隊が
    長州を攻撃
  • 下関砲台は破壊され、
    陸戦でも長州は大敗
  • 八月十四日、
    高杉晋作、伊藤博文、井上馨らの
    尽力で、停戦協定が結ばれる
  • 禁門の変と四国連合艦隊砲撃により、
    長州藩内の尊攘派の立場は悪化。
    「俗論派」が台頭する

第一次長州征伐

  • 幕府は長州征伐の勅命を受け、
    日程を十一月十八日と決定
  • 長州は恭順の意を示し、
    禁門の変の三家老を
    切腹させる
  • 徳川慶勝は長州の恭順を受け入れ、
    幕府軍は撤退

功山寺挙兵

  • 高杉晋作は俗論派に反抗
    (「正義党」と名乗る)
  • 十二月十六日功山寺で
    奇兵隊挙兵
  • 下関を占拠

参考書籍