文永の役(対馬・壱岐・松浦の戦い)

元軍対馬襲来

  • 1273年四月、
    元が三別抄の乱を鎮圧する
  • 文永十一年(1274)十月、
    元・高麗の日本遠征軍が
    高麗の合浦(ハッポ)を出発
  • 文永十一年(1274)
    十月五日、元・高麗軍
    (以下「元軍」)
    が対馬佐須浦に上陸する
  • 対馬では
    守護代・宗助国が
    抵抗するが、戦死

元軍壱岐襲来

  • 対馬での戦いに
    勝利した元軍は
    文永十一年(1274)
    十月十四日、
    壱岐に上陸。
  • 守護代平経高らが応戦するが、
    翌日、落城し、自害

松浦の戦い

  • その後、
    元軍は松浦地方
    (現在の長崎県の日本海側)
    でも圧勝
  • 元軍は博多へ
  • 一方、
    元軍対馬上陸の情報は
    六波羅探題にもたらされた
  • そして元軍は
    十月十九日、
    博多湾に上陸する

場所

参考書籍